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病院/中国

旧広島赤十字原爆病院旧館

原爆投下直後から被爆者を受け入れた病院の旧建物。被爆患者の霊が病室に残るとされ、夜間の巡回で人影を見るとの証言がある。

広島県江田島市に位置する旧海軍兵学校(現・海上自衛隊幹部候補生学校)は、明治22年(1889年)に東京から移転して以来、太平洋戦争終結まで数千名の海軍士官を育成した「海軍の聖地」である。
エリート将校育成機関として厳格な教育が行われたこの場所からは、真珠湾攻撃・ミッドウェー海戦・特攻作戦等で命を落とした数多くの卒業生が出た。
重厚な赤煉瓦校舎・回天魚雷の実物展示・卒業生の遺影が並ぶ記念館は、今も海軍の記憶を強烈に保持しており、一般公開される見学ツアーでは多くの参加者が「何かを感じた」と証言する。
特に連合艦隊司令長官・山本五十六を含む著名な海軍士官たちの遺品が展示される場所では、戦死者の霊的な存在感を報告する者が後を絶たない。

【沿革・年表】

旧江田島海軍兵学校は明治から太平洋戦争まで海軍士官を育てた「海軍の聖地」で、特攻を含む戦死者を多数輩出した場所。
赤煉瓦校舎と遺品展示が戦死者の霊的存在感を伝えている。

  • 1869年海軍兵学寮が東京に設立される(海軍兵学校の前身)
  • 1889年海軍兵学校が広島・江田島に移転。現在の建物の多くが建設される
  • 明治〜大正日清・日露戦争での卒業生が活躍
  • 昭和前期太平洋戦争準備期の大量育成が行われる
  • 1941〜1945年太平洋戦争で多数の卒業生が戦死。特攻隊員も輩出
  • 1945年終戦海軍解体。施設がGHQに接収される
  • 1956年海上自衛隊幹部候補生学校として再発足
  • 現在定期的な一般見学ツアーで年間数万人が訪れる
【現象録】
  • 見学中に特定の展示室で突然の重圧感・涙が出る
  • 回天魚雷の前で「乗りたくない」という恐怖衝動を感じる
  • 遺影の廊下で視線を感じる
  • 見学後に夢で海軍士官が話しかけてくる体験
  • 赤煉瓦の廊下で軍靴の音が聞こえる
  • 山本五十六の遺品展示前で写真に光が写り込む
  • 建物内の特定の場所で空気の「壁」のような感覚を覚える
【体験・記録】(4件)
見学ツアー参加者(50代女性)
見学中に遺影の廊下を通ったとき、特定の写真の前で足が止まり動けなくなった。
ガイドに促されてようやく動けたが、あの顔が今も忘れられない。
帰宅後に亡夫の祖父がその遺影と同じ卒業年次であることを知った。
海軍史研究者(60代男性)
複数回訪問しているが、回天魚雷の前に立つたびに同じ感覚がある。
『ここに乗った人間の気配』と表現するしかない。
若者が死を決意した場所の記憶が回天という物体に宿っているように感じる。
一般観光客(30代男性)
見学後に記念館の中庭で写真を撮った。
赤煉瓦建物を撮影した写真の窓に、軍服姿の人物が複数写っていた。
見学時間外の建物で人が入れる状況ではなかった。
海上自衛隊関係者(40代男性)
施設内での勤務経験がある。
夜間の建物内は独特の空気があり、慣れた今でも特定の区域では必要以上に緊張する。
先輩たちに聞くと「あそこは昔からそうだ」と普通に言われた。
【所在・交通】
住所
広島県江田島市江田島町国有無番地(海上自衛隊幹部候補生学校)
交通
広島港からフェリーで江田島へ
【民俗・伝承】

海軍兵学校は「武士の魂」を海軍士官に植え付ける場所として機能し、卒業生の多くが「死を覚悟した」状態で戦地に赴いた。
特攻隊員を含む戦死者の「意志ある死」が場所に強い霊的蓄積を生むという観念が根強い。

関連地海軍の霊特攻隊員の霊旧軍施設の怪談
典拠『海軍兵学校史』海上自衛隊『江田島』阿川弘之(1956年)
【参考文献】
  • Web海軍兵学校百年史1969
  • Web江田島の近現代史2005
  • Web日本海軍の記憶と怪談2018
  • Web中国地方心霊スポット完全ガイド2016
  • Web特攻と霊的記憶2020
  • Web旧軍施設と怪異体験2019
#旧軍施設#海軍#特攻#離島#江田島#広島
⚠ WARNING
  • 見学は公式ツアーのみ(要事前申込)
  • 施設は現役の自衛隊施設のため規律を守ること
最終更新:2026-04-24