氣多大社
氣多大社(けたたいしゃ)は、石川県羽咋市寺家町ク1-1に鎮座する能登国一之宮で、北緯36度56分・東経136度46分付近、能登半島基部の日本海を望む高台に建つ古社である。
延喜式神名帳(927年)に『能登国羽咋郡 気多神社(名神大)』と記載される名神大社・能登国一之宮(一の宮・能登国の最高位の神社)で、平安期以降の歴代天皇・武将・領主から崇敬を集めた由緒ある神社。
主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと・別名大国主命・大穴牟遅神・出雲国の国造り神・古事記神話の主要神格・縁結び/医薬/開運の神)で、社伝では第8代孝元天皇または第10代崇神天皇代に大己貴命が出雲国から船で能登半島に来航し、邑知潟(おうちがた・現在の羽咋市・かほく市にまたがる潟湖)を経て能登半島を開拓した故事を起源とする。
768年(神護景雲2年)に朝廷から官社(国家により公認・援助される神社)として正式に認知された記録が『続日本紀』に残り、これ以降の記録が豊富。
平安期以降は能登国の総鎮守として皇族・貴族・武士・領主の崇敬を集め、源義経・前田利家・徳川綱吉等の武将・大名の参拝記録も残る。
境内には『入らずの森(いらずのもり)』と呼ばれる約3万㎡(30,000㎡)の原生林があり、樹齢300〜500年のクスノキ(クスノキ科の常緑広葉樹・防虫成分)・タブノキ(クスノキ科の常緑広葉樹)・ツバキ・スダジイ等の照葉樹が密生する日本海側北部では稀な原始林。
1967年(昭和42年)に国の天然記念物に指定。
一般人の立入は厳禁で、宮司のみが年1回の特殊神事『鵜祭(うまつり・12月16日)』時に入ることが許される神聖な森として保護される。
鵜祭は古来から続く神事で、能登半島の七尾湾(北側)で捕獲された鵜を竹籠に入れ、儀式の中で神前に放つ独特の祭祀。
2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島地震(マグニチュード7.6・最大震度7・石川県志賀町等で観測)により、氣多大社の社殿・本殿・参道・拝殿等に大きな被害が発生。
復旧作業が長期にわたって継続中で、参拝制限が一部実施される(社務所が状況を発信)。
氣多大社は古くから縁結び(えんむすび)の神として全国的に有名で、特に若い女性参拝者が多く、毎月1日に行われる『ついたち結び(ついたちむすび)』の特別祈祷では、月初に女性が新しい縁を願い、ハート型の絵馬を奉納する独特の習俗が現代に継承される。
年間数十万人の参拝者を集める北陸を代表する縁結び神社として、北陸地方の若い女性のパワースポット聖地。
深夜・早朝の境内では、(1)大己貴命の出雲来航と能登開拓の古代記憶、(2)3万㎡の入らずの森の原始林の精霊・神格的気配、(3)能登国総鎮守としての千年来の崇敬の念、(4)鵜祭の独特な祭祀の神聖性、(5)2024年能登半島地震の被害と復旧の記憶、(6)若い女性参拝者の縁結びの祈りの積層、(7)源義経・前田利家・徳川綱吉等の武将参拝の記憶、等の体験が継承される。
石川県羽咋市の能登国一之宮。
主祭神は大己貴命(出雲来航伝承)。
社伝では孝元・崇神朝の創建。
768年朝廷から官社認知(続日本紀)。
延喜式名神大社。
3万㎡の原生林『入らずの森』は1967年国天然記念物指定、宮司のみ年1回鵜祭(12月)時に入山。
縁結びの神として全国的に有名、毎月1日『ついたち結び』。
2024年1月1日能登半島地震で社殿等大被害、復旧作業継続中。
- 古代社伝による創建、孝元天皇または崇神天皇代に大己貴命が出雲から船で能登半島に来航し開拓したのが起源
- 768年(神護景雲2年)朝廷から官社として正式に認知(続日本紀記載)
- 927年(延長5年)延喜式神名帳に『能登国羽咋郡 気多神社(名神大)』として記載、能登国一之宮・名神大社
- 中世源義経・前田利家・歴代加賀藩主の崇敬を受ける
- 江戸期徳川綱吉等の参拝記録、能登国総鎮守として継続
- 1967年(昭和42年)境内の『入らずの森』約3万㎡が国の天然記念物に指定
- 近現代縁結びの神として全国的知名度確立、毎月1日『ついたち結び』の特別祈祷で若い女性参拝者集まる
- 2024年(令和6年)1月1日能登半島地震(M7.6・最大震度7)により社殿・参道等に大被害、復旧作業長期化
- 古代神話の大己貴命が出雲から船で能登に来航し開拓した故事の気配を境内で感じる体験
- 宮司のみが年1回入る神聖な3万㎡の原始林に棲む精霊・神格的気配を森の周辺で感じる体験
- 能登国一之宮としての千年来の崇敬の念が境内に積層する体験
- 年1回12月16日の鵜祭で七尾湾の鵜を神前に放つ独特の祭祀の神聖性を感じる体験
- 毎月1日のついたち結び等の女性参拝者の縁結びの祈りが境内に積層する体験
- 2024年1月1日能登半島地震の被害と復旧の哀調を被害の残る社殿付近で感じる体験
- 源義経・前田利家・徳川綱吉等の歴代武将・大名の参拝の記憶を本殿で感じる体験
能登国一之宮、延喜式名神大社。
主祭神は大己貴命(大国主命)で、社伝では大己貴命が出雲から船で能登に来航し開拓した故事を起源とする。
創建は孝元天皇または崇神天皇代。
768年朝廷から官社認知。
境内の『入らずの森』は約3万㎡の原始林で樹齢300-500年のクスノキ・タブノキ・ツバキ等が繁茂、国の天然記念物。
縁結びの神として全国的に有名。
768年(神護景雲2年)に朝廷から官社として認知された記録が続日本紀に残る。
1967年(昭和42年)に国の天然記念物に指定。
一般人の立入は厳禁で、宮司のみが年1回の特殊神事『鵜祭(12月16日)』時に入ることが許される神聖な森。
宮司が入らずの森に入って執り行う年1回の特殊神事として、能登半島の伝統文化の中核。
毎月1日に行われる『ついたち結び(ついたちむすび)』の特別祈祷では、月初に女性が新しい縁を願い、ハート型の絵馬を奉納する独特の習俗が現代に継承。
年間数十万人の参拝者を集める北陸を代表する縁結び神社。
復旧作業が長期にわたって継続中で、参拝制限が一部実施される(社務所が状況を発信)。
- 住所
- 石川県羽咋市寺家町ク1-1 [地図]
- 交通
- JR七尾線『羽咋駅』からバスで約10分『一の宮』下車。または能越自動車道『のと里山海道』千里浜IC・柳田ICから車で約15分
- 現況
- 能登国一之宮、延喜式名神大社。『入らずの森』は国指定天然記念物(1967年指定)。2024年能登半島地震復旧中
- 訪問覚書
- 2024年地震被害により参拝制限あり、社務所案内に従う。入らずの森への一般立入厳禁、外周のみ見学可。毎月1日のついたち結び特別祈祷は混雑、当日早めに。鵜祭(12月16日)は神事として一般非公開部分あり
- 確認日
- 2026年(Wikipedia 氣多大社項・氣多大社公式・災害報道)
氣多大社は、(1)古代の大己貴命(出雲国造り神)が出雲から船で能登に来航し開拓した故事を起源とする出雲・能登の海洋的繋がりの記憶、(2)768年朝廷官社認知・延喜式名神大社・能登国一之宮としての古代神道国家祭祀の中核、(3)源義経・前田利家・徳川綱吉等の武将・大名の崇敬という中近世武家信仰、(4)3万㎡の入らずの森・1967年国天然記念物指定という稀有な原始林保護、(5)鵜祭・ついたち結び等の独特な祭祀・民俗習俗、(6)近現代の縁結びの神としての全国的信仰圏、(7)2024年能登半島地震の被害と復旧という現代災害記憶、という7層の記憶が重なる極めて重要な聖地である。
日本の一之宮(諏訪・出雲・住吉・氣多等)の中で、出雲との海洋的繋がりの神話・宮司のみ入山の入らずの森・現代の縁結び信仰圏という3要素が極めて高密度で凝縮する点で稀有である。
深夜の境内で報告される大己貴命の出雲来航・入らずの森の精霊・縁結びの祈り等の現象は、これら多層的な記憶が能登半島基部の日本海眺望地に染み付いたものとして解釈できる。
心霊スポットとして消費的に扱うべきではなく、石川県を代表する能登国一之宮・延喜式名神大社・国天然記念物の聖林として尊重されるべき場所。
- Web
- Web
- Web
- Web
- Web
- Web
- 2024年1月1日能登半島地震被害復旧作業継続中、参拝制限あり
- 入らずの森への一般立入は厳禁、外周のみ見学可
- 毎月1日ついたち結び特別祈祷は混雑、当日早めに
- 鵜祭(12月16日)は神事として一般非公開部分あり
- 境内は神域として騒音・ドローン等禁止
- 野生動物(鹿・猪・熊)への警戒、特に入らずの森周辺