城跡/九州
佐賀城・鯱の門
1874年佐賀の乱で弾痕が残る城門。
佐賀県佐賀市の佐賀城は、江戸時代の佐賀藩(鍋島藩)の城郭だ。
現存する「鯱の門」(国の重要文化財)に刻まれた鍋島家の家紋「轡」とともに、佐賀藩を代表する文化財だが、佐賀城と鍋島藩には日本三大怪談の一つ「佐賀の化け猫騒動」という強烈な怪談が結びついている。
化け猫伝説の起源は様々な版があるが、最も知られる話は竜造寺氏から鍋島氏への藩主交代にまつわるもので、殺された竜造寺氏の家臣の母(老婆)が猫を可愛がっていたが、その猫が老婆の死後に怨念を持つ化け猫となり鍋島藩を祟ったというものだ。
佐賀城内では夜間に猫の鳴き声・女性の泣き声が聞こえるという体験談が現代でも続いており、鍋島家の家紋「轡(くつわ)」の形が闇の中に浮かぶという怪異も語られる。
明治以降に佐賀城本丸が再建されるまでの間(廃城期)は特に怪異が多かったとされ、城内の特定の部屋で猫の霊を見たという証言が記録に残っている。
歌舞伎・映画にもなった「佐賀の怪猫」は、日本の怪猫伝説の中でも最も有名なものの一つだ。
【沿革・年表】
佐賀の化け猫伝説は鍋島藩の権力交代(竜造寺氏から鍋島氏)という歴史的事実を根拠に持ちながら、怪猫という動物霊という独特のモチーフを通じて語られる。
政治的怨恨を「猫の祟り」として表現したという文化的巧みさが、伝説の長命につながっている。
- 1607年(慶長12年)鍋島直茂が佐賀城の大規模改修を行う。鍋島藩の政治的中心として確立。
- 1657年(明暦3年)佐賀城が火災で消失。その後再建。
- 江戸時代中期佐賀の化け猫騒動の原形となる伝承が成立。鍋島藩内の権力争いと怪談が結びつく。
- 1871年(明治4年)廃藩置県。佐賀城が廃城となり、建物の多くが撤去される。
- 1874年(明治7年)佐賀の乱。佐賀城が戦場となる。
- 昭和後期佐賀の化け猫伝説が映画・歌舞伎で広く普及。全国的に有名な怪談となる。
- 2004年(平成16年)佐賀城本丸歴史館が開館。本丸御殿が復元される。
- 現在観光施設として整備されているが、夜間の怪異体験談は続く。
【現象録】
- 夜間の城内・城跡で猫の鳴き声が聞こえる(猫はいないのに)
- 城内の特定の部屋で猫の霊・化け猫の目のような光を見る
- 夜間の城内で女性の泣き声・怒り声が聞こえる
- 鍋島家の家紋「轡」の形が闇の中に浮かんで見えた体験
- 城跡の石垣に手を触れると突然猫の爪で引っかかれた感触
- 夜の城内で巨大な猫の影が動くのを目撃
- 城内で撮影した写真に猫の目のような光・緑色の光点が写り込む
- 化け猫伝説ゆかりの場所で突然頭皮が動く感覚・毛が逆立つ体験
【体験・記録】(6件)
証言
佐賀城本丸の警備をしていた時の話だ。
深夜の見回り中、本丸の一室から猫の鳴き声が聞こえた。
通常は猫が入れない建物なので確認したが、どこにも猫はいない。
それが3日続いた後、同僚が「竜造寺公の怨念だ」と言った。
古い話だがあのお城には確かに何かいると思った。
深夜の見回り中、本丸の一室から猫の鳴き声が聞こえた。
通常は猫が入れない建物なので確認したが、どこにも猫はいない。
それが3日続いた後、同僚が「竜造寺公の怨念だ」と言った。
古い話だがあのお城には確かに何かいると思った。
証言
歌舞伎の化け猫伝説に興味を持って佐賀城を訪れた。
夕方遅くまで城跡にいた。
帰ろうとした時、城の石垣の上に大きな猫が座っているのが見えた。
普通の猫の2〜3倍はある大きさで、目が緑色に光っていた。
近づこうとしたら飛び降りて消えた。
その場所に行ったが何もいなかった。
夕方遅くまで城跡にいた。
帰ろうとした時、城の石垣の上に大きな猫が座っているのが見えた。
普通の猫の2〜3倍はある大きさで、目が緑色に光っていた。
近づこうとしたら飛び降りて消えた。
その場所に行ったが何もいなかった。
証言
夜間に佐賀城跡の石垣付近を歩いていた。
石垣に手をついて写真を撮ろうとしたところ、石垣の表面から爪で引っかかれたような痛い感触があった。
確認したが石垣の表面はなめらかで、突起物はなかった。
手の甲に細い引っかき傷のような跡がついていた。
猫に引っかかれた時と似た傷だった。
石垣に手をついて写真を撮ろうとしたところ、石垣の表面から爪で引っかかれたような痛い感触があった。
確認したが石垣の表面はなめらかで、突起物はなかった。
手の甲に細い引っかき傷のような跡がついていた。
猫に引っかかれた時と似た傷だった。
証言
化け猫伝説の研究をしている。
佐賀の化け猫騒動は江戸時代の政治的緊張(藩内の権力争い・旧藩主家への負い目)が、猫という霊媒的動物を通じて表現された伝承だ。
化け猫という形は、権力への正面からの批判が不可能な時代に、怪談という形で批判を表現した方法とも解釈できる。
現代でも猫の声が聞こえるという体験は、この伝承の生命力を示している。
佐賀の化け猫騒動は江戸時代の政治的緊張(藩内の権力争い・旧藩主家への負い目)が、猫という霊媒的動物を通じて表現された伝承だ。
化け猫という形は、権力への正面からの批判が不可能な時代に、怪談という形で批判を表現した方法とも解釈できる。
現代でも猫の声が聞こえるという体験は、この伝承の生命力を示している。
証言
佐賀城本丸歴史館の夜間イベントに参加した。
復元された本丸御殿内を暗闇の中で歩くイベントだった。
廊下を歩いていると、隣の部屋から猫の気配がした。
音ではなく、「猫がいる」という確信のような感覚。
その部屋を覗くと何もなかったが、猫の気配はしばらく続いた。
復元された本丸御殿内を暗闇の中で歩くイベントだった。
廊下を歩いていると、隣の部屋から猫の気配がした。
音ではなく、「猫がいる」という確信のような感覚。
その部屋を覗くと何もなかったが、猫の気配はしばらく続いた。
証言
佐賀市在住の郷土史家。
化け猫伝説は佐賀の文化的アイデンティティの一部になっている。
毎年化け猫騒動に関連するイベントが開催されるほどだ。
城内での猫の声体験は珍しくない話で、地元では「竜造寺のご先祖様が猫に化けてまだいる」という解釈が一般的だ。
怖いものではなく、歴史の一部として親しまれている怪談だ。
化け猫伝説は佐賀の文化的アイデンティティの一部になっている。
毎年化け猫騒動に関連するイベントが開催されるほどだ。
城内での猫の声体験は珍しくない話で、地元では「竜造寺のご先祖様が猫に化けてまだいる」という解釈が一般的だ。
怖いものではなく、歴史の一部として親しまれている怪談だ。
【所在・交通】
- 住所
- 佐賀県佐賀市城内2-18-1(佐賀城本丸歴史館)
- 交通
- JR佐賀駅から徒歩約20分またはバスで「佐賀城跡」下車
【民俗・伝承】
佐賀の化け猫伝説は竜造寺氏から鍋島氏への権力移行という歴史的事実を怪談化した典型例だ。
猫という動物が持つ「神秘的・妖しい」イメージと、老婆の怨念という定番の怪談モチーフが組み合わさって、日本三大化け猫伝説の一つとなった。
政治的怨恨を直接語れない社会では、怪談が批判の媒体となるという文化的機能を持っている。
関連地佐賀の化け猫騒動(日本三大怪猫)、竜造寺氏の怨霊、鍋島藩の権力交代伝承
典拠「佐賀の怪猫記」(歌舞伎・読み物)、佐賀市史、「化け猫伝説の研究」
【参考文献】
- 地方史佐賀市史
- 芸能資料「佐賀の怪猫記」歌舞伎台本
- 学術書「化け猫伝説の研究」
- 博物館資料佐賀城本丸歴史館資料
- 歴史書「竜造寺氏と鍋島氏」歴史研究
- メディア怪談専門誌「幽」九州怪談特集
⚠ WARNING
- 夜間の城跡への立入は基本禁止
- 歴史館の開館時間内での見学を推奨
- 石垣への登攀は禁止
最終更新:2026-04-27