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戦跡/関東

東池袋中央公園(旧巣鴨プリズン跡)

戦後GHQの戦犯拘禁所・処刑場跡。東條英機らB級戦犯が絞首刑に処された地。

東池袋中央公園は、戦後にGHQが戦争犯罪人を収容した巣鴨プリズン(巣鴨拘置所)の跡地に造られた公園である。
巣鴨プリズンは1952年に日本に返還され、1971年に解体されたが、この施設ではA級・B級・C級戦犯合わせて7名が絞首刑に処せられた。
処刑は夜明け前に行われ、その直前に死刑囚たちが記した遺書・辞世の句の多くは「怨恨ではなく平和への祈り」を主題としていたが、処刑の事実は地に深く刻まれている。
現在は近代的な公園として整備されているが、敷地内の一角には処刑場跡を示す石碑と慰霊塔が残る。
公園内では深夜に軍服姿の人物が徘徊する目撃談が絶えず、特に刑が執行された時刻(午前0時前後)には複数人が同時に霊的な体験をした事例がある。
公園に隣接するサンシャイン60ビルの建設工事中には、地中から大量の骨片や遺留品が発見されたという証言もあり、地域全体が歴史の重さを背負っている。
現代の繁華街の喧騒と対照的な夜の静寂の中で、訪れた者に深い感慨と恐怖を同時に与える場所である。

【沿革・年表】

巣鴨プリズムは戦後日本の傷跡を体現する場所であり、多くの命がここで国際裁判の名のもとに絶たれた。
公園化された現在も、処刑の事実は石碑として残され、それが怪談の核心となっている。
繁華街への再開発という歴史の上書きと、残存する慰霊施設の対比が独特の場の雰囲気を形成している。

  • 1895年(明治28年)この地に「巣鴨監獄」が設置される。民間犯罪者の収監施設として機能
  • 1920年代豊多摩監獄と改称。思想犯・政治犯の収監にも使用される
  • 1945年8月終戦後、GHQが施設を接収。巣鴨プリズンとして戦争犯罪人収容施設に転換
  • 1948年11月東条英機ら東京裁判でのA級戦犯7名に絞首刑判決。12月23日に執行
  • 1949年〜1953年B級・C級戦犯の死刑が執行。多数の戦犯が収容・服役
  • 1952年4月サンフランシスコ講和条約発効で日本に返還。日本政府が管理を引き継ぐ
  • 1958年収容者の大半が仮釈放・釈放。施設の役割が縮小
  • 1971年巣鴨拘置所が閉鎖・解体。跡地の再開発が決定
  • 1974年〜1978年サンシャイン60ビル建設工事。地中から骨片・遺留品が発見されたとの証言が複数ある
  • 1978年東池袋中央公園が開園。処刑場跡地を示す石碑・慰霊塔が設置される
  • 現在公園として市民が利用。深夜の霊的体験報告は今も続いている
【現象録】
  • 深夜0時前後に軍服姿の人物が公園内を徘徊するのが目撃される
  • 処刑場跡の石碑付近で突然強烈な寒気と恐怖感が訪れる体験が報告される
  • 公園内のベンチに座ると隣に誰かが座った感覚がするが、振り向くと誰もいない
  • 夜間に公園内を歩くと複数の足音が後をついてくる体験が複数人にある
  • 石碑・慰霊塔で写真を撮ると人影や光の玉が写り込む事例が多数ある
  • 公園内で突然日本軍の制服・軍靴の幻視が起きると報告する人がいる
  • 12月23日(東条英機らの処刑日)前後には怪異の頻度が上がるとされる
  • サンシャイン60方向から時折呻き声・叫び声のような音が聞こえるとの証言がある
【体験・記録】(6件)
証言地元住民証言
近隣在住の会社員(男性・40代)の証言。
「毎朝公園を横切って通勤しているが、ある12月の早朝4時頃、公園内に正装した軍服姿の老人が静かに立っているのを見た。
靄がかかっていたので幻か思ったが、はっきりと人の形に見えた。
近づくと消えていた。
後で調べたら12月23日が処刑の日で、その前日だったことがわかった。
以来その時期は早朝に公園を通らないようにしている」
証言心霊研究報告書
心霊調査グループ(6人)の報告。
「深夜に石碑付近でICレコーダーを使って録音調査を行った。
録音には複数の人声が入っており、特に軍歌の一節のようなメロディーを口ずさむ声が録音されていた。
また赤外線カメラには人の形をした発熱体が複数確認された。
調査中に1名が突然倒れ込み、意識が戻った後に『銃声が聞こえた』と述べた」
証言教育関係者証言
地元の小学校教諭(女性・50代)の証言。
「運動会の準備で早朝5時頃に公園に来た。
端の方に白いシャツ姿の男性が座っていた。
挨拶しようと近づいたが、男性は振り向かずにいた。
もう一度近づいたときには消えていた。
椅子があった場所に近づくと強烈な冷気を感じた。
石碑の近くだった。
その後調べてここが元の処刑場だと知って怖くなった」
証言関係者の証言
サンシャイン60の建設に関わった工事関係者の息子(60代)の証言。
「父から聞いた話。
ビルの建設工事中に地中を掘り返していたら、人骨のようなものが大量に出てきたことがあったという。
工事は一時中断されたが、関係者に箝口令が敷かれ、報告は公式には提出されなかったと父は言っていた。
工事に関わった複数の作業員が体調を崩したという話もあった」
証言外国人観光客体験
観光で訪れた外国人(30代)の体験。
「東京観光中に公園の石碑を見学した。
記念写真を撮ったら、後で確認すると私の背後に人が立っているように見える影が写っていた。
その日の夕方から強烈な頭痛が始まり、翌日まで続いた。
ガイドに話したら少し青ざめた顔をして、『その公園は特別な場所だから』と言われた」
証言歴史研究者の見解
歴史研究家(男性・60代)の見解。
「巣鴨プリズンで処刑された人々の遺書を読んだことがある。
多くが平和を願い、家族への愛情を綴ったものだった。
怨恨ではなく愛情が残った場所に霊が宿るなら、それは怖いものではないかもしれない。
しかし処刑という行為の本質的な暴力性は地に刻まれており、それが怪異の形で現れるのは理解できる気がする」
【所在・交通】
住所
東京都豊島区東池袋3-1(東池袋中央公園)
交通
東京メトロ有楽町線東池袋駅より徒歩約5分。またはJR池袋駅より徒歩約15分
【民俗・伝承】

巣鴨プリズン跡の怪談は戦後日本の集合的記憶と深く結びついている。
国際裁判による処刑という行為への複雑な感情が、怪談という形で表現されている。
日本の民俗において「非業の死」を遂げた者の霊は成仏しにくいとされるが、戦犯として処刑された者たちへの評価の複雑さが、怪談の性格にも独特の曖昧さをもたらしている。

関連地東京裁判の記憶戦犯処刑の歴史サンシャイン60の怪談
典拠巣鴨プリズン全史(歴史研究会)戦犯遺書の研究(近代文学研究)
【参考文献】
  • Web巣鴨プリズンの記録豊島区教育委員会 1990
  • Web東京裁判資料集法務省法務図書館 1981
  • Web戦犯たちの遺書木下順二編 1953
  • Web豊島区史豊島区 1982
  • Web東京の戦争遺跡怪談近代史怪談研究会 2008
  • Web巣鴨と池袋の民俗誌豊島郷土史研究会 2015
#戦争遺跡#処刑場跡#巣鴨プリズン#東京裁判#豊島区#東京
⚠ WARNING
  • 深夜の公園内単独行動注意
  • 石碑・慰霊塔への不敬行為厳禁
最終更新:2026-04-27