薬師堂のマキ
皆さんは『薬師堂のマキ』という場所をご存じでしょうか。埼玉県さいたま市桜区塚本、荒川の河川敷に近い田園地帯に、ひっそりと立つ一本の古木です。マキ科の常緑高木で、樹高はおよそ十七・八メートル、幹周は二・一三メートル。昭和三十九年(一九六四年)にさいたま市の天然記念物に指定された、地域の歴史を見てきた木です。
正式には小さな薬師堂の正面に立つ私有地内の木で、すぐ脇には八幡社の鳥居と小さな祠が併設されています。日中に通りかかれば、ただ田園のなかの大きなマキの木として目に映る場所ですが、夜になると様相が変わるとして、近年急速に名前が知られるようになりました。
きっかけは平成三十一年(二〇一九年)以降の心霊系YouTubeチャンネルでの紹介です。代表的な番組『ゾゾゾ』ほか、複数の動画で取り上げられたことで、深夜に訪れる方が増えました。報告される怪異は、薬師堂の脇で女性の幽霊を目撃したという話、奥のほうへ歩く複数の男性の人影を見たという話、誰もいないはずの周囲から空き缶が転がるような音やラジオのような音声が聞こえたという話、そして撮影中にカメラが突然止まるという話などです。
私が調べていて気になったのは、樹齢を経た古木と祠と河川敷という、三つの要素が重なる地形そのものが持つ独特の雰囲気です。怪異の話の真偽はさておき、夜の田園地帯にぽつんと立つ巨木は、それだけで言葉にしにくい威圧感を持っています。皆さんが訪れる場合は、ここが私有地で個人の管理する場所であることを忘れず、深夜の大人数訪問や肝試し目的の見学は控えていただきたいと思います。
薬師堂のマキは江戸期以前から地域に立つ古木と伝わり、戦後の天然記念物指定を経て、平成末から心霊スポットとしても知られるようになりました。
- 江戸期以前薬師堂と八幡社の祠とともに、現在地に古木として立ち続けていたと伝わる
- 昭和39年(1964年)7月11日さいたま市(旧浦和市)の天然記念物に指定。樹高17.8m・幹周2.13mと記録
- 平成31年(2019年)2月以降心霊探索系YouTubeチャンネル『ゾゾゾ』で取り上げられ、心霊スポットとして全国的に知られる
- 現在ghostmap.jpに登録され、心霊スポット巡りの訪問者と地元住民との間で配慮が課題に
- いちばんよく耳にするのは、薬師堂の脇に立つ女性の幽霊の目撃談です。白っぽい衣服の女性が薬師堂と古木のあいだに立っているのを見たという話が、複数の動画で語られています。建物の影と人影が混同しやすい立地ではあるものの、繰り返し似た描写が出てくる点で印象に残る話です。
- 複数の男性の人影が、敷地の奥のほうへ歩いていくのを見たという証言もあります。深夜の見学者が複数で訪れたときに、自分たちの数より多い人影を確認したという話で、振り返ると消えていたとも語られます。
- 怪異というよりは『説明のつかない音』の話も多く、空き缶が地面を転がるような音、誰もチューニングしていないラジオの音声のようなノイズが聞こえたという報告が繰り返し語られます。撮影機材が急に停止する、ファインダーが暗くなるといったトラブルもあるそうです。
- 住所
- 埼玉県さいたま市桜区大字塚本675 [地図]
- 交通
- JR埼京線『南与野』駅から徒歩約47分。または路線バスで塚本停留所下車。
- 現況
- 私有地の薬師堂前に現存。樹木は市指定天然記念物として保護
- 訪問覚書
- 私有地であり、無断立入や柵越えは禁止。深夜の大人数訪問は近隣に迷惑。荒川河川敷側は照明がほとんどなく注意が必要。
- 確認日
- 2026-05-08
『薬師堂のマキ』が心霊スポットとして広く知られるようになった経緯を、少しお話しさせてください。
この場所はもともと、地域の方が日々の散歩で立ち寄る程度の、ごく静かな田園地帯の一角でした。樹高十七メートルを超えるマキ科の古木は、薬師堂と八幡社の祠とともに、長い年月この土地を見守ってきた存在です。さいたま市が昭和三十九年に天然記念物に指定したのも、この木の樹齢と存在感を地域の文化財として残したいという思いからでした。
それが心霊スポットとして取り上げられるようになるのは、平成三十一年(二〇一九年)二月以降のことです。代表的な心霊探索系YouTubeチャンネル『ゾゾゾ』が訪問動画を公開したことを皮切りに、後追いで複数のYouTuberや個人ブログが取り上げ、首都圏の心霊スポット紹介サイト ghostmap.jp にも登録されました。動画のなかで語られた女性の人影や奇妙な音の話が、一気に拡散していった形です。
樹木そのものには、心霊伝承と直接結びつく地元の言い伝えは、いまのところほとんど確認されていません。あるのは古木と祠と河川敷という、夜になれば誰もが言葉にしにくい雰囲気を感じる地形だけです。怪異の話を耳にしたとき、ここで起きているのは、土地そのものが持つ静けさと、メディアが運んできた『心霊スポット』というラベルとが互いに呼び合っている現象なのではないかと、私は感じます。
私有地である点と、木の所有者が個人であるという事情から、近隣住民の生活への配慮はとても大切です。怪異の有無以前に、この地域の方々の暮らしを脅かさない訪問の仕方を、ぜひ心がけていただきたいところです。
- 薬師堂・古木の周辺は私有地です。無断立入や柵を越えての撮影は控えてください。
- 深夜の訪問は近隣住民の迷惑になります。肝試し目的の大人数訪問は避けてください。
- 周囲は田畑です。畦道や農地への踏み込み・農作物の損傷は厳禁です。
- 荒川河川敷は照明がほとんどありません。足元・段差にご注意ください。
- 市指定天然記念物の樹木です。樹皮への傷つけや枝の折取りは禁止です。